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「オリジナル小説」
ななしのアルーシャ

ななしのアルーシャ 06. 謁見

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ななしのアルーシャ_表紙

「なんでこんな事になっているんだろう……」
 あたしはもう何度繰り返したか分からない台詞をまた呟いた。
 目の前には鏡。曇りなく汚れなく、見事にまで磨き抜かれた面に映っているのは中途半端に伸びた髪を綺麗にアップされ、薄くもしっかりメイクを施された自分の顔。濃いグリーンを基調にしたドレスで身を飾っている。
 っていうか、これ誰。え、あたし? って感じ。うん、まぁ、地方貴石族の末娘ぐらいには見える。
 そっか、あたしでもちゃんと着飾ればそれなりになるのか。正装はいつもアカデミーのローブだったから知らなかったよ。
 ただ今、全力で当惑しかめっ面だけれども。
 こんな状況でなければ素直に楽しめたし、リズベスやコゼットが喜んでくれただろうなー。特にリズベスは、時々さりげなくあたしにファッションの楽しさを説いていたから。
 あたしはため息をついて、鏡の中の見慣れぬ自分から視線を外すと周りを確認した。
 ここは謁見控え室らしい。ヴィリー先輩の簡潔明瞭な説明の後、侍女数人に取り囲まれてドレスアップとメイクを施され、あれよあれよという間に連れてこられた。
 あたしが目を覚ました部屋と同じようなテーマでデザインされている。落ち着いた色調と上品な調度品。この鏡がついているドレッサーだって、木目を活かしながらも控えめな彫刻が程よく施されていて、なんだかすごく格調高い。
 つまりあたしは恐れ多くも王宮で一晩過ごしたらしいのだ。本来名誉な事だけど、事情が事情なだけに恐怖しか感じない。

 先輩は詳細を教えてはくれなかった。あたしが静かに取り乱している様を、笑みを浮かべながら眺めた後にこう言った。
「今いった通り、王直々の密命だからな。この場で伝える権限は俺には無い」
 意味が分かった途端、視界がブラックアウトしそうになる。直々の密命というなら、教えてくれる相手はただ一人。

 シルジア=ダイヤモンド=グリーゼン16世陛下。

 『人』の国、シルジア王国の王にして、『大いなる父』の教義を伝えるシルジア教会の法王。硬・美・稀の三要素全てを兼ねたダイヤモンドを真命石とする、この世でただ一人のお方。
 まさに雲の上の人。ご尊顔を拝せたのは公式行事の時のみで、もちろん遠目から拝見するくらいだった。アカデミーの卒業式には直々にお言葉をいただけるようだけれど、たぶん接点はそれが最初で最後になるはず。普段直接お目にかかれるのは宰相や枢機卿、大臣、親衛隊などほんのひと握り。そんなレベルのお方だ。
 緊張もするけれど、それ以上に恐ろしい。
 だって密命だよ、密命。そんな天上人に内緒で命令されるんだよ? 特例いらない。普通の失石者認定でいいですって声を大にして訴えたい。出来るわけないけれど。
 逃げることもできず悶々としていたあたしは、低く響くノックの音に身を震わせた。
 儀礼用の豪奢な服装に着替えたヴィリー先輩が姿勢正しく、しかし滑らかな歩きで入室する。
「アルーシャ、待たせたな。行くぞ」
 待ってません。もう家に帰して下さい。
 言えたとしても受け入れられるはずがない言葉は、頭の中だけで口にする。せめてその位の自由はあってもいいよね。
 あたしは一回深呼吸してから、先輩の後に従った。
 
 控え室を出ると広い回廊になる。白い床石は磨き上げられた鏡のような光沢で、同じく白亜の壁にはレリーフが刻まれていた。
 天井は高く、天窓にステンドグラスで物語が描かれている。あれは教会でもよく見るから分かるよ。『大いなる父』の降臨。人の誕生と真命石の説話。
 壁には歴代シルジア王の肖像画が飾られている。一枚だけ色彩がとても明るい作品があって、目を奪われ足を止めた。
 男性ばかりの中、紅一点。唯一の女王、シルジア=ダイヤモンド=グリーゼン12世。
 あたしにとってまさに憧れ、伝説の英雄。白銀の女王にして輝かしき剣武の騎士。
 女王でありながら代々の王の中でもっとも武勇の誉れ高く、特に天空の亜人王シールエとの一騎打ちは知らない人などいない。さらに深海の亜人王ポウシャマと共に行った冒険や、親衛隊長アーヴィンとの悲恋など、もう女の子の心くすぐる英雄譚が山ほどある女傑で、子供の頃は毎日のように本を読んだものだった。
「アルーシャ」
 ヴィリー先輩に促されて、慌てて後を追いかける。
 我が身を省みてちょっとだけ肩を落とした。別にシルジア12世陛下のような英雄になりたい訳ではないけれど、あの肖像画の目があたしを蔑んでいるように思える。
『情けない。その程度の試練で及び腰になるなど、恥を知れ』
 そんな12世陛下の声が聞こえた気がして、少し気合いを入れ直した。
 そうだ。さっき決心したんだった。自分の秘密を解き明かそうって。頑張るって。
 今後どうなるか分からないけど、せめて自分には自信もっていたい。エメラルドが真命石でないにしても、少なくともエメラルドに恥じない自分でありたい。
 その為にもシルジア王の密命でも何でもこなして、立場を少しでも有利にしておかないと。考えてみれば王の後ろ盾を得る事が出来れば、これから心強いよね。下手をすれば親石族からも外されるんだし。
 もちろん全てうまくいくとは限らない。でも今のあたしは方法を選んでいる状況ではないんだ。少しでも可能性があるならチャレンジするしかない。
 よし。覚悟は決まった。やるしかない。頑張るぞ!
 ……だから、ちょっとお手柔らかにお願いします。精一杯努めますから。
 ひそかに『大いなる父』に祈りを捧げる。このくらいの弱気は許して、12世陛下。

 静かな回廊を少し足早に歩いていくと、突き当たりには大きな白銀の門がそびえていた。
 いや、ホントにそびえているって表現は嘘じゃなくって、見上げる程の高さで表面のレリーフも荘厳美麗。なにより重量感がすごい。両脇には礼装の衛兵が直立不動で見張ってる。
「親衛隊士、ヴィリバルト=アレキサンドライト。王命により参りました。謁見許可を願います」
 先輩は胸に右手を添え、ブレスレットのアレキサンドライトを見せて衛兵に宣言する。衛兵は言葉なく頷くと二人共に門に向かい手を当てた。手甲の中心にはまっている石がワインレッドの光を宿す。ガーネットかな。
 すると鈍い音を響かせながら門が内へ開いていく。
 さすがは王宮の衛兵よね。この重量を術で動かすなんて。それが出来る事も衛兵の条件だろうけど、あたしだったらかなりの集中力が必要でこんなスムーズに出来ないし、たぶん10センチも動かせば疲れ果てちゃうと思う。
 感心しているうちに門は開ききり、衛兵が視線で中へ進むように促してきた。
 先輩に続いておっかなびっくり謁見の間に入る。
 あー。なんて言ったらいいのだろう。
 特に豪華だとか絢爛とか表現はいらない。石柱、白亜の壁、赤いカーペット。どれも思ったよりも素朴で、回廊や控え室の方が数段美麗だわ。人はいなかった。密命だから遠ざけているのかもしれない。
 でも。
 静まり返っているはずなのに、重低音の管楽器が鳴り響いているように思う。パイプオルガンの余韻がずっと続いている感じ。なにか胸の奥に染み入るような波動が奥から押し寄せてくる。
 圧迫感があるかというと、そういうわけではないのだけれど、自然に足が止まってしまう。独特の雰囲気にそのままとけ込んで、謁見の間を飾る彫像になってしまいそう。
 ……まぁ、あたしじゃ飾りどころか、邪魔にしかならないと思うけど。掃いて捨てられたらどうしよう。
 そう微妙に自虐した瞬間、奥の方から小さな音が聞こえた。
 うん? なんだか含み笑いに聞こえるよ?
 前を歩くヴィリー先輩が笑ってる、のではないみたい。
 とにかくこのまま立ち止まる訳にはいかないから、疑問は棚に上げて先輩についていった。
 玉座へ至る絨毯はまるで赤い芝生ね。履き馴れないヒールだと歩きにくいったら。ちょ、なんかひっかかった。転ぶ転ぶ!
 とたん、今度こそはっきり聞こえた。明るくて涼やかな笑い声が。
 玉座を前にしてヴィリー先輩は立ち止まり、信じられない事に肩をすくませてため息をついた。
「陛下。今更ですが、もうちょっと威厳というものを大切にされた方がよろしいかと」
「ヴィリー、まさしく今更だ。今は宰相も枢機卿もいないからな。こんな時こそ羽を伸ばさずにいつ伸ばす」
 まるで友達のように親しみにあふれた声が降ってくる。って、嘘みたい。
 高貴なる至高の座に座る権利を持つ唯一の存在が、笑いかけてくる。まるで歳の離れたお兄ちゃんのように。
「ふむ、お兄ちゃんとはなかなかいい響きだな、アルーシャ=エメラルド」
 名を呼ばれてあたしは慌てて礼をした。ドレスのスカートを両手で支え、頭を下げる。一応アカデミーで礼法も学んでいたから、最低限失礼はしていないはず。
「初めてお目にかかります。アルーシャ……でございます」
 カーペットを見ながら気がついた。なんでお兄ちゃんって単語が出てきたんだろう。あたし口に出していた?
「いや、声は出ていないぞ。音としてはな」
 え? あ、もしかして心話! さっきの波動、読心の術?
「察しがいいな。正確には読心ではないが、おおむねそんなところだ。ほう、もう思考に鍵をかけたか。なるほど、反応もいい。ヴィリーの目は確かと見える」
 急いで心をロックしたあたしが冷や汗をかいている間に、玉座の主は錫杖で床を二回突き、威儀を正した。
 すごい。たったそれだけで雰囲気が変わる。圧倒的な権威を感じる。
「改めて名乗ろうか。余がシルジア=ダイヤモンド=グリーゼン16世だ」
 シンプルな銀の王冠に真命石、大粒のダイヤモンドが輝いている。陛下は先ほど同じく、まるで身内に対するような声色でお声かけ下さった。
 金の髪はさっぱり短め。彫りが深く、顔のパーツが一つ一つくっきりしていて意思の強さを感じさせた。偉丈夫って言葉が脳裏に浮かぶ。
 あたし達の基準からすると30代にしか見えないけれど、たしか御歳178のはず。ダイヤモンドは『永遠不滅』を象徴するせいか、代々のシルジア王はあたし達とは比較にならない程長命不老で、200歳を越える事も少なくないという。
 背はヴィリー先輩と同じ位かな。でも全体的にひと回り大きく感じる。体格が良くて筋肉の厚みが見てとれる。
 うん、まさに英雄! って感じだ。そう考えると、さっきのお兄ちゃんは失言だった。いや、言葉にはしていないけどね。宰相閣下とかお偉いさんが側にいたら、即刻お縄をちょうだいしたかも。
 陛下は面白そうにあたしを眺めて、吹き出した。
「余は別にお兄ちゃんでも構わんぞ。そういう風に呼ぶ者も久しくいないからな」
「あ、あの、なぜまた心を?」
 ロックしてあるはずなのに!
「顔に出てるぞ。そなたは素直だな。読心の術などいらぬ」
 うわー! なにげにとんでもなくショック。いかに陛下とはいっても初対面の人からこんな風に評されるって、あたしどれだけ顔に出てるの?
「陛下。からかわれるのはそのくらいにされては。時間もあまりありませんし」
「おう、そうだな」
 見かねてヴィリー先輩が助け舟を出してくれた。いや、あの表情は面白がってたみたい。むしろ止めなきゃならないのが残念って感じだよ。
 うう、まさかシルジア王がこんなにフレンドリーかつ悪戯好きだとは思わなかった。先輩も教えてくれれば良かったのに。教えてくれるわけないか。楽しそうだったもんね。先輩も悪戯好きなんだ。これも知らなかったよ。
 へこむあたしに陛下は、今度こそ王として話を始めた。
 真剣な眼差しで見つめられると、自然にあたしの背筋が伸びる。やっぱり王様は王様だ。
「アルーシャ。そなたを呼んだのは、ひとつ頼みがあるからだ」
 来た、密命。いったいどんな内容なんだろう。なるべく命がけの任務じゃないことを祈る。
 王はあたしを手招きすると、ひそやかに告げた。
「余の跡継ぎを捜してほしいのだ。次代のシルジア王。17世を極秘にな」
 ……下されたお言葉は、予想を遥かに超えていて、あたしはまたもや真っ白になった。

【続く】




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