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「オリジナル小説」
ななしのアルーシャ

ななしのアルーシャ 02. 逃走

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ななしのアルーシャ_表紙

 天井の高い大理石造りの廊下は、後ろから聞こえる喧騒を包み込み小さく遠く感じさせる。まるで異世界への回廊を進んでいるかのように、さっきまでの絶望感が現実味を失っていく。
 行き着く先も悪夢だと思うからこれっぽっちも救いはなかったけれど。
 それでも少しばかり緊張感が緩んで、あたしは二人に呼びかけた。
「リズベス、コゼット、あたし、あたしね」
「話は後! まず姿を隠さなくちゃ。アルーシャ、石は使える?」
 いつもは大人しいリズベスだけど、実はあたし達の中で一番度胸があるし冷静だ。瞳にはまだ涙を湛えているというのに、すでに何か脱出方法を考えているみたい。
 あたしは一度手の中の欠片を握り締めると、その微妙な感覚を信じて答えた。
「うん、何とか大丈夫」
「なら姿隠しはできるわね。コゼットは苦手だろうから私がフォローするわ」
 リズベスが胸元からペンダントを引き出した。蒼い真命石、サファイアがはめ込まれている。もう一人の親友は少々納得いかないようで唇を尖らせて言った。
「ヒドイなぁ、リズ。ボクだってそれぐらい」
「得意じゃないわよね。同調させるわ。私が導くからコゼットは心を開放して」
「……はい」
 焦っているのか、余裕がない言い方でコゼットのプライドを一刀両断するリズベス。コゼットが幻術を不得手としているのはクラス中が知っていたことだから理由がないわけではないけれど、肩を落とす彼女をみるとちょっと可哀想になってくる。
「アルーシャ、急いで!」
 そうだった。コゼットには悪いけれど今はそれどころじゃない。今後どうするにしても、一度落ち着ける時間と場所が必要だもの。そのためにもまず王立アカデミーから出ないと。
 あたしは割れたエメラルドを強く握った。二つに分かれた緑の欠片が手の中でこすれる。
「……ごめんね」
 口の中で、言葉にならない程小さく謝罪する。ずっと共にあった緑の宝石。もしかするとあたしの真命石ではないのかもしれないけれど、他の誰にも負けない程大切に愛着を持って使ってきた。
 割ってしまって、ごめんなさい。でも、どうか力を貸して。
 今までと同じように石に働きかける。ほとんど無意識でも行える手順。いつもは感じない石との絆を繋げる儀式。
 頭の中で、胸の中心から細い光の糸がするすると腕伝いに伸びていくイメージを作る。伸ばす糸の先が石に触れると同時に、血のように光を送り込む。すると石が応じるように淡い光を帯びるのがわかる。2本3本と繋がるたびにどんどん光が強くなっていく。逆に石の方からも光が送り込まれてくる。互いに血液が循環するように光を送りあう。
 違和感なく、己の一部のように。自然に、自然に。
 やっぱり使える。手中のエメラルドには思った通りの美しい光が点っていた。後はあたしの意思を伝えるだけ。
 再びイメージする。
 見えない大きな布。不思議なマント。大きな透明の生地は雲のように軽く、身につける者を風景に溶け込ませる。
 強く、リアルに思い描く。
 あたしは実際に手にとるように、思い描くイメージを掲げて頭から被るふりをした。
 いや。ふりでなく、現実に羽織った。見えざる魔法の外套を。
「さすがアル! 完全に見えなくなってるよ」
「感心してる場合じゃないわよ、コゼット。あなたも早く!」
 親友達の反応を見てホッと胸をなでおろした。どうやら成功したみたい。
 真命石の術は色々あるけれど、全て基本は同じ。イメージの具現化、それが全て。真命石によって、つまり持ち主の魂の傾向によって得手不得手があるだけで、どの石でも大抵の術が使える。
 姿隠しは光学系と精神系に大別される。本来エメラルドは精神作用に関する術の方が得意な石だから、対人なら相手の精神に働きかけて『アルーシャは見えない』と植え付けるのだけど、今は不特定多数から身を隠さないといけないから光学系の方がいい。
 エメラルドは元々透明感も高いし、屈折率も平均的と言えるから、光学系の幻術もそれなりに扱える。
「う~ん、難しいよ」
「あまり考えすぎなくていいから、心を開放して。私が誘導するから」
 コゼットが着けているブレスレットの赤い石に、リズベスが直接触れて誘導している。授業でよく見た、いつもの風景。
 コゼットの真命石はルビー。本来、ルビーもサファイアも色が違うだけのコランダムっていう同じ鉱物だから、基本性質はサファイアと変わらない。光学系の幻術も普通に扱えるはずなんだけど。あの子の場合はルビーの象徴性に起因する術の方が得意みたい。
 まぁ、赤色しか無いルビーと様々な色があるサファイアでは、術の多様性に関しては後者のほうが秀でていると言われてはいるのだけれど。
 二人が四苦八苦している姿を見ていて、ふと思った。
 みんなはあたしみたいに、術の度に真命石と自分を結ぶ儀式なんてしていないのだろう。
 石との一体感がないあたしは、術が必要な時に石に働きかけてきた。それが真命石だと思っていたけど。でも、そう。違和感はあったんだ。みんなと話したり、術の講義を聴いたりした時、ほんの少しだけひっかかる事が何度もあった。
 真命石との絆を感じない。でも、術は使えるあたし。
 教室でも襲いかかってきた自分自身への疑問が、再び鎌首あげてくる。
「できたー!」
 嬉しそうなコゼットの声に、気持ちが引き戻された。首筋ににじんだ汗が気持ち悪かったけれど、ひとまず疑念を振り払う。
「静かに! 音に対する効果は薄いんだから、気をつけて!」
「……はい」
 コゼットが怒られて小さくなってる、と思う。もうあたしの目からも見えないから、この廊下には今のところ誰もいない状態。
 それも時間の問題だと思うけれど。早く退散しないとすぐにでも追っ手が来る。いかに意表をつかれたとしてもエリートクラスだもの。あの程度の錯乱に何時までも引っかかっているわけがない。
 自分の考えを小さく口にすると、金髪の親友は静かに答えた。
「アルーシャ、それは私に対する過小評価というものよ」
「へ?」
 声だけで容易に目に浮かぶ。リズベスが少し身をかがめながら上目遣いで微笑んでる。
「とにかくあの場で出来る限りは時間を稼ぐ手を打ってるから、安心して、とまでは言えないけど、そう簡単には追いつかれないと思う」
「じゃ、なんで急いで姿隠しなんてすんのさ!」
 さんざんお尻をたたかれたコゼットが非難の声をあげた。気持ちは分かるけど、それはしょうがないと思う。
 だってね。
「後ろだけが追手じゃないのよ。心話で連絡が飛んでいれば、もうすぐ外から警備隊が来るかもしれない。用意しておいて損はないでしょ?」
「う……、そうかも」
 リズベスの言う通りだから。
 もし警備隊の面々に囲まれたら、いくらなんでも力任せや安易な作戦じゃ突破できない。王都シルジアを護る警備隊は、亜人たちとの戦いをくぐり抜けてきた猛者たちの集まり。ある一面では王の親衛隊より実戦経験が豊富なんだから。
 真命石としての稀少さや硬度の差を越えた、練磨された輝きを持っている人たち。あたし達じゃ到底かなう相手じゃない。
「さ、急ぎましょう。ここからは三手に分かれて行動よ。私たちの心話深度じゃ簡単に傍受されちゃうでしょうから、一切連絡なし。落ち合う場所は、そうね、2時間後にいつもの秘密の場所で」
「散らばって少しでも惑わすって訳かぁ。でも、つかまっちゃったら?」
「結界拘束されたら連絡も何もできないわ。捕まったらとにかく心をロックして。待ち合わせの時間と場所が分かってしまったら、待ち伏せされちゃう」
 最低限、アルーシャだけでも逃がさないと。リズベスの声はそう続けながら少しずつ移動し始めていた。
「だから正確に2時間後、待ち合わせ場所に現われなかったらすぐにその場を離れて。あとは残った者だけで臨機応変よ」
「結構乱暴な作戦だね、リズ」
 コゼットが笑いを含んだ声色で返答した。揶揄や失笑ではないことはわかっているけれど、真面目なリズベスはさらに小さな声で応じる。
「ごめんなさい。他にいい案は浮かばないわ」
「いや、責めてるんじゃないよ。ボク好みだなぁってこと!」
 全く周りを気にしていないのか、普通に話すコゼットの言葉に続いてあからさまなため息が聞こえた。まぁ、気持ちは分かるわ、リズベス。
「それが一番心配なのよ。無茶しないでね、コゼット」
「大丈夫。任せて。警備隊相手にどこまで出来るか、試すいいチャンスだもん」
「……だから、それが心配だって言ってるの」
 少しだけ唇の端が緩んだ。二人が本当にいつも通りだから。
 あたしのせいで人生に傷がつくかもしれないのに、リズベスもコゼットも、これっぽっちも気にしてない。コゼットなんて嬉々として状況を楽しんでる。少なくとも楽しんでいるふりをしてくれている。
 だから、あたしも覚悟を決めた。
 逃げる。逃げ切ってみせる。
 自分自身への不安と疑心に潰されそうだけど、今だけ心の外に追い出しておく。
 死に物狂いで脱出してみせる。それがここまでしてくれた友達に対する礼儀と心意気だと思う。
 そう。気持ちは定まった。今、伝えることは一つだけ。
「リズベス、コゼット」
「なに?」
「まだ出発してなかったの? 早く!」
 見えはしないけど、振り返った二人の表情が頭の中に浮かんだ。その真命石そのままの、輝きに満ちた明るいコゼットの笑顔。リズベスの静謐な光を宿した真剣な眼差しへ、思いの丈をこめて囁く。
「また後でね!」
「うん!」
「ええ、また後で」
 あたしは返事を聞いたと同時に、そのまま前に向かって走り出した。
 これまでは未来と希望に満ちた学び舎。今は断罪の檻となった王立アカデミーを抜け出す為に。


【3へ続く】
 


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